甥っ子コンプレックス

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それと並行してアンソニーが行方不明になった。

そのアンソニーの姿を追いかける仕事を最優先したジョンから連絡が着たのは1週間程経った頃だった。アンソニーは名を変え、顔も変えてオーストラリアに居ると。

私の知りたい事を、ジョンは書類と顔写真を添えてくれた。

私の知ってるアンソニーは、目鼻立ちがキリッとしていて鼻も高く、掘りの深い典型的なドイツ人の顔だ。

細面で、二重瞼に、皺どころかシミもない肌。ふさふさの栗毛で、喜怒哀楽の感情豊かだけど、私にとってはヒロに次ぐ可愛い甥っ子だ。

帝王学を学んでいたせいか誇り高き、他人の言う事は一切受け付けない自分勝手な人間だ。

 

それが、この写真はどう見ても面影が全くない。

頬はこそげ落ちていて、目元は皺だらけで瞼は垂れ下がっており、鼻が低い。だけど、額から左ほほに掛けて、ケロイドになっている。

なるほど銃撃戦でやられたと言っても通じるものだ。

 

そして、もう一枚。こちらは髪型がメインの写真。

左サイドの髪が生えてないのだ。剥げてるというものではない、髪がないのだ。

その部分には、左頬と同じくケロイドが見える。

右サイドの髪はふさふさなのに。

アンソニー、どうして……。

そこまでドイツに帰ってくるのが嫌なのか。

それとも、何か理由があっての事だろうか。

分からない……。

そのジョンから卒業したいと言ってきた。

その言葉に『御』は「分かった。ご苦労だったな。これからも頑張れよ」と即答した。

だが、私は違うぞ。

ジョンは目の前に私だけでなく『御』も居るのに、しっかりと目を据えて話し出してきた。

「ジュニア。最後に一言、言わせてください」

 

ジュニアとも呼ばれている私は片眉を上げてジョンを睨みつけてやる。

「アンソニー様は、自分勝手で我儘なファザコン野郎です。 今のマルク様は、まるでアンソニーを見てる様に感じられます。 私にとって、マルク様は雲の上のお方です。そのような方を、アンソニーと同じレベルにしたくないし。思いたくもないです」

ジョンの目から涙が出ていた。

「だから……」

 

次から次へと涙が出てくるジョンは口を動かしている。

「マルク様、お願いがあります。昔と同じように笑ってください。マルク様は苦虫を潰したようなお顔をされてます。それは、私のせいでしょうか?  私は、もっと強くなりたい。今までは、シンガポールの病院という閉鎖的な場所に居ました。 アンソニーの監視役として、という大義名分でしたが……。彼は、私を頼る事も、信じてくれる事もなかったです。自分のやりたくない事を、私に押し付けてきたり、雑用にこき使われてました。そういう彼に対して、私は悩んでました。これでいいのか?と。 でも……、私だって欲はあります。もっと勉強をしたい。色んな事を知りたいし、身に付けたい。そう思うのは、私の我儘でしょうか?」

その言葉に『御』は苦笑している。

「ジョン。お前だけは、小さい時から居た。私にとっては、曾孫のような感覚を持ったものだよ。もし、私が親だったら窮屈な思いだけはさせなかっただろう」

それに対し、ジョンはこう返していた。

「『御』。お言葉を返すようで申し訳ありませんが。私にとっては、ずっと『御』のお側に居られると思っておりました。でも、8年前に起きたシンガポールでの銃撃戦で、考えが変わりました。 私の悩みは、彼等が受けた心の痛みよりは、はるかに小さいものだと。だから、もっと世間を知りたい、と強く思う様になったのです」

その言葉に私は苦笑していた。

「本当に、お前は泣き虫だよな。でも、強くなったな」

 

そう言いながら、ジョンの傍まで寄りしゃがみ込んだ。

「分かったよ。お前は、その得意なコンピュータで仕事をして、その泣き虫を直していけ。 長い間、あいつの守り役をしてくれてありがとう。お疲れさん」

泣き虫ジョンは泣き声で返してきた。

「もったいない、お言葉を、掛けて頂き、ありがとうございます。『御』も、ジュニアも、御身お大事にしてくださいませ。……長い間、お世話になりました」

これで卒業したのが2人か。

1人は理路整然と詰めてくるわ、もう1人は愚痴ってくるわで堪らない。

ジョシュアは何処へ行ったのだろうか。やはり、もう生きてないのか。

ヒロも、あれから来ないし。

 

そんな時、日本からリョーイチが来た。

私はオーストラリアに行くんだと言うと、リョーイチは自分も行くと言ってきたので連れて行った。