可愛いと言わないで

可愛いと言わないで 3

そんなある日、友兄から話を持ち掛けられた。

「引っ越さないか」

「何処に?」

そう聞き返すと、こう返してくれた。

「私の信頼している人の家なんだ。そこでは、使用人がたくさん働いてるけど、お前はそこで働くのではない。そこで、勉強するんだ」

その返事に聞き返していた。

「友兄は?」

「その家には1年に3,4回位しか行かない。親戚の家と、そこの家とどちらが良い?」

即答していた。

「そこの家」

そして、引っ越す前に友兄は僕をマンションに連れて行ってくれた。

「引っ越すまで、一緒に暮らそう」

「友兄と?」

「そうだよ。だけど大学行くから、昼間は居ないんだ。それでも良いか?」

「うん、良いよ。僕も幼稚園に行くから」

「幼稚園から帰ったら、ここの下にある管理人室で待っててくれ」

「なんで管理人室?」

「子どもが居るんだよ。一緒に遊べばいい」

「うん、そうする」

10日間ほどだったが、毎日の様に管理人室に遊びに行っていた。友兄が帰ってくると迎えに来てくれるので、それが嬉しかった。

「優介、帰ってきたよ」

「お帰りなさい、ちょっと待ってね」

管理人さんに挨拶をする。

「お邪魔しました。ありがとうございました」

そう挨拶すると友兄は苦笑していたものだ。

「私の台詞を取ってくれるし……。毎日ありがとうございます。これをどうぞ」

「いえいえ、優介君は明るいので、うちの子も楽しみにしてるんですよ」

「そう言って頂けると嬉しいです」

「明日だっけ?」

「はい、そうです。本当にありがとうございました」

そう、僕は引っ越すんだ。

「優介君、元気でね」

「はいっ、管理人さんもお元気で」

「ありがとう」

引っ越す日。黒くて大きな車に乗り込むと、友兄は手をギュッと握ってくれた。その手が嬉しかったんだ。車は、その家の門をくぐり木々を縫う様に玄関先に着いた。

友兄は車から降りると誰かに話し掛けていたが、その内、僕に声を掛け手招きしてくれた。

「この子が、そうです。優介、自己紹介を」

「斎藤優介、5歳です。よろしくお願いします」(ペコリ)

持ってきたお菓子を渡した。

こう言ったら失礼にあたるけど、その人はまるでお爺さんの様な温かい目をしている。僕の頭を撫でながら言ってくれた。

「『斎藤優介』か、いい名前だな。それに自分で言えるのは大したものだ。悟、お前も早く子どもが欲しくなるだろ」

「何言ってるのですか。私はまだ学生ですよ」

そう返すと、振り向いて手を差し伸べてくれた。

「優介君、この人は頑固ジジイと思ってれば良いからね。おいで、君の部屋へ行こう」

その時は、悟さんも優しそうな人だと思ったものだ。それが、蓋を開けると意地悪なんだから。友兄がしゃがみ込んできた。

「優介」

「うん?」

「忘れるなよ。お前は斎藤優介だ。斎藤康介の子供だ。人に優しく、また人を助ける。そういう思いで付けられた名前だ。自分の名前に、康介に自信持て」

あともう一つ。

「自分でやれる事は、自分でやれ。いいな。約束だ」

「うん、約束する!」

友兄との約束だけは守るよという思いで即答した。

「御、よろしくお願い致します」

「ああ、任せなさい」

「サトルも、よろしく」

「ラジャ。毎日大学で会うのだから教えてあげますよ」

友兄は頭を撫でてくれる。

「優介。それじゃ、また会おう」

「うん」

すると友兄は溜息を吐いた。

「優介」

「ん?」

僕の頭をグリグリしながら言ってきたんだ。

「そこは、『はい』というものだ!」

「はい、分かりました!」

ドッ!と、そこに居合わせた運転手も含み、皆が一斉に笑ってくれる。何がおかしいのだろうと思って見回していたが、友兄も楽しそうに笑ってるのを見てると何だか笑いたくなってきたので一緒に笑ったんだ。

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