可愛いと言わないで

可愛いと言わないで 7

離れでの鯉の世話に池の掃除をしたり、池の中に入って鯉と一緒に泳いたり。執事さんの部屋の窓拭きと、自分の部屋掃除。道場通いと大変な日々だが充実していた。

小学校3年生の時だったか、子どもの料理教室で参加者募集しているポスターに気が付いた僕は、昌平さんにお願いしたら、快くOKしてくれた。

1ヶ月に1回の教室を1年契約して、昌平さんも一緒に料理やお菓子作りに参加してくれた。キュウリを切る時の包丁さばき。あれは見事にトトトトッと素早く綺麗に切れていたのを見て、僕は手を叩いたものだ。

「すごーい」と思わず興奮していた。

でも「簡単な物なら作れるよ」と言ってくれた昌平さんは、お兄さんでありお父さんみたいな感覚だった。その料理教室は2年間通っていた。退所する時は、少しは自分でも作れる様になった気分になったものだ。

小学校も5年生になると、いきなり仲間外れにされてしまった。原因は分からなかった。おそらく上級生である6年生から絡まれた事に関係あるのだろう。

「金を出せ」から始まり、「奢って」になり「金を持ってこい」とまでなってしまった。

僕には分かって無かったんだ。暮らしている家の事を知ろうとしたのは、それがあったからだ。

「お金なんて持ってない」

そう言うと殴られ蹴られたりしていた。最初は護身術で防いでいたのだけど「生意気だ」と言われ、階段から落とされた。受け身を取って丸くなっていたが、気が付いたら病室のベッドに横たわっていた。

「階段から落ちた」

「本当の事を言えば良いんだよ」

と昌平さんに優しく言われ泣いていた。

学校やめる。とうとう、その一言を口にしていた。5年生になって、いきなりのカツアゲに虐め、階段から突き落とされた。本当の事を言えば良いんだよと言われても、本当に階段から落ちたのだ。悟さんなんて怒り狂っている。

「それは落ちたのではなく、突き落とされたんだ。あばらを折られてるのに、お前は、そいつ等を庇う気か?」

仲の良かった友人とは5年生になると違うクラスになった為、5年生になってから一人ぼっちだということもバレてしまった。昌平さんは優しく言ってきた。

「学校はたくさんある。私立の学校に転入しても良いんだよ」

その言葉に応える様に、僕は一生懸命に勉強した。入院しているので勉強する時間はたっぷりとあるからだ。そして、退院した夏休み、私立の小学校へ転入した。

その私立の学校では5年生から部活をする様にカリキュラムが組まれていたので、家庭科部へ入部した。裁縫の方にハマってしまったのだ。もちろん料理作りもするのでレパートリーを増やすには丁度いいかもしれないと思ったからだ。

部員は6年生は1人だったが、5年生は僕を入れて19人。部員数の内訳は、男子が16人で、女子は4人だ。

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