予鈴が鳴り終わった10分後、本鈴が鳴った。その本鈴が鳴る数分前に、豊は自分の席に着いた。一つ前の席には、すでに優三郎が座っている。
その右隣には友が座っているはずなのに、どこに行った?
すると、本鈴が鳴ると同時に、友が理事長の息子と共に担任と一緒に大量の荷物を持って入ってきた。クラス長だから、担任から声を掛けられたのだろう。
今日は12日だから、出席番号12番が起立礼の号令を掛ける。そして、2人は担任から指示された事をしていく。目まぐるしく動いてる様に見えるが、それは効率の良い動きだった。
入学式から1ヶ月以上経っているのに、友はこっちを向こうとはしない。
まともに目を見てないし、顔も見てくれない。もしかして避けられているのか。授業中は、別に良い。あいつは一番前だから、余所見は出来ない位置だ。
でも、昼飯はどうしてるんだろう。弁当なのは見て分かる。どこで、誰と食べてるんだ。
そこまでして避けるか。ならば、避けられない所まで追い込んでやる。優三郎から、怖い顔してるぞと言われるが元からこうだ。
まずは、放課後だな。部活はどうしているのだろう。そこから調べないといけないのか。あいつは頑固なところがあるからな。でも、放課後はさっさと西門に向かい車に乗って帰るみたいだから朝だな。
もしかして、畑……?
学校案内のパンフレットを見ると、農作業部というのがある。しかも、顧問は理事だ。なんてマイナーなクラブなんだ。しかも、部紹介の欄にはこう書かれてある。
『収穫した食材を使って自分達の昼食を作って食べてます』
あ、そうすると昼飯は自分達の農作業した材料を使っての昼飯か。そうだとすると、接点はクラスしかないではないか。
翌日の昼食時。自分の考えを拒否されたくて、恐る恐る農作業部の部室に向かってみる。中からは良い匂いが漂ってくる。数人の声が聞こえてくるので耳を澄まして聞いてみる。
「やっぱり、自分達で作ったモノは美味しいよな。」
これは、理事長の声だ。
「理事長は動いてないでしょ。」
とは、友の声だ。
「そうですよ、叔父さん。理事長とは言いませんので、叔父さん。」
理事長を叔父さんと呼んでるのは誰だ?
「お父ちゃんも手伝えよな。」
こいつは息子か。
「叔父さんって、グータラなんですね。」
こいつは誰だ?
「それじゃ、理事長仕事をする時間だから理事長室に戻ったら?」
こいつも誰だ?
「皆して酷いねー。久しぶりに会った友明君でさえ、そう言うのだからな……」
「だって、暑いし、しんどいし、どうして放課後にしないのですか?」
「あのね! 畑っていうのは、水分がないと駄目なの。分かるでしょ?」
「それ位分かりますよ。」
「日中の暑い時はいくら水を撒いても無駄なの。」
「なら、温室を作れば? 部長、予算っていくらですか?」
友から部長と言われた人は、こう言っている。
「グータラ叔父さん。理事長の権限で、温室作りの金を出してください。」
「お父ちゃん、能無し理事長だと思われてるよ。あ、これ美味い。この人参と大根のキンピラ、誰が作ったの?」
「はいはーい、それ俺です。渉君ですよ。で、人参は間引きした奴です。」
「もう間引き出来る奴が居るんだ? それじゃ、他にも間引き出来る奴居るかもな。」
「ねえ、ホウレンソウも作ろうよ。それに茄子にきゅうりにピーマン、トマトも良いんじゃない?」
「おっ! それ良いねえ。」
「でも、肉っ気も欲しいよな。」
「冷蔵庫とレンジもあるし。肉を小分けして冷凍したらどうかな?」
「さすがレストランの御曹司、司君。良いねえ、明日からそうしようか。」
「来しなに肉を買ってくるから。後で部費として金を貰うからね。」
ふむ。声からして、部員は友、啓、渉、司、部長の5人か。
友の声がする。
「あ、ジャガイモと卵が残ってる。簡単に何か作るね。まだ時間あるよね?」
「うん、予鈴まで20分ある。」
「少し待ってな。」
そう言って、暫らく経つと皆の声が聞こえた。
「凄い!」
「さすが友!」
「何等分にする?」
「もちろん、5人分」
「えー、私も欲しいな。」
その理事長の声に2つの声が重なる。
「叔父さんはダメッ」
「お父ちゃんは駄目っ」
「けちー……」
友の声が聞こえてくる。
「んで、トマトケチャップを掛けて。名付けて、ポテトキッシュの出来上がりっ」
「ジャガイモと卵だけで出来るなんて、簡単だねー」
「家で作ってみたら?」
「うん、そうしてみる。」
ポテトキッシュって、美味しそうなネーミングだな。
しかし、農作業部に、昼飯は部員同士での調理と食事か。ほんとに、接点はクラスだけだな。こうなると、何が何でも放課後の車を尾行してやる。
そんな豊の気配を部室内の友明は感じ取っていた。
部室の外に誰か居る、と部長に言うと、もしかしてと部長は目を輝かせ、大きな声で言いながらドアを開けた。
「いらっしゃいませー! 入部希望者ですか?」
「わっ!」
顧問である理事長と部員たちはニコニコ顔で、友明もニコニコとしている。なので、思わず言っていた。
「は、はい。そうですっ」
すると、部長は自己紹介しだすと簡単に説明してくれる。
「部長の安田幸宏(やすだ ゆきひろ)、2年生です。この部では朝がメインになります。部活時間は、朝の7時から予鈴の鳴る10分前の8時半迄の1時間半です。早起きは大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。」
「週末の土日や夏休みとか冬休みも出てくるんですよ?」
「はい、それは大丈夫です。」
「それでは、先ずは体験入学として2週間の期間を設けます。そして、2週間後に、もう一度聞きますね。あ、君のクラスと名前を教えて下さい。」
「1年A組の、福山豊といいます。」
「1年A組の福山豊君ですね。それでは、明日から2週間、よろしくね。」
「はい。よろしくお願いします。」
「汚れても良い恰好でね。」
「あ、はい。分かりました。」
「部長、言い忘れ。福山豊君?」
「はい?」
「2週間だけでも、部室で昼食だからね。持ってくるのは飲み物だけだから。」
「はい、分かりました。」
何がきっかけになるのかは分からない、とはこの事だね。