君は腐れ縁であり運命の人

君は腐れ縁であり運命の人 47 エピローグ

大学2年の冬。

サトルの父である『御』主催のバースディパーティーがきっかけとなり、ユタカは世界の各界のトップと知り合う機会に恵まれ、パーティーだけではなく講演会等にも招待される事となった。拒むことは出来ない。

なにしろ参加不参加の選択文字のない招待状だらけだったからだ。

その結果、表の世界では有名人となり顔パスで世界各国を行き来出来る位置にまで上りつめる事となったのだ。そして、世界各国とのパイプ役になった。

それはイタリアに5年間居たからだ。あの当時の仲間が各々の国での重要人物になり、私に声を掛けてくれるからだ。

当然ながら父よりも上に位置する羽目になった。『御』のバーズディパーティー参加の許可は一度しか貰ってなかったが、卒業するまで5回も参加していた。

でも、3回目の大学4年の冬に父が参加しているのを目にした時は注意された。

あれは単なる注意の仕方ではない。父は、私を睨みながら言ってきたのだから。そうか、父は自分より子どもが上位になる事を嫌うのか。そう思うと、どうしてあんなにも頑なに行くなと言ってた本当の意味が分かり、福岡の実家には帰らない事を決めた。

それでも地盤だけは固めておきたいので、福岡に戻ると自分でアパートを借りて住んでいた。その時点になって、自分は特殊な家庭で暮らしていた事に気がついた。

普通の人なら、仕事をしながら生活の為に暮らす。だが、自分は財閥の一員として贅沢をしていた。中学の時、友に言われた言葉が蘇る。

「お前、何様のつもりだ?」

そして、どんなに上りつめる事になっても、豊の心の中には、友明しか居なかった。大学卒業して死んだと聞かされても、信じられなかった。

だけど、オーストラリアで本人を目の前にした時は、その変貌に目を瞠ったものだ。(友、やっぱり生きていた。小母さんの嘘つき。だけど、その顔は……)

それでも、嬉しかった。

世界への切符を手にした若者は、次々とアメリカ、中国、フランス等へと羽ばたいて行く。

そして、大学を卒業して約20年後。今度は、日本という国から飛び出てオーストラリアに皆が集まった。

皆は、あの頃とは違う立ち位置にいる。

それでも、あの時。死んだと聞かされても信じられずに、生きてると心の中で強く信じていた。

だが、豊はもやもやとしている。肝心の一言を言えば、関係が崩れる。そう思ってるからだ。それは、友明がドンと呼ばれるようになり、子どもだけでなく恋人も居るからだ。

それでも良い。

友の側に居られれば、それだけで良い。

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