その夜、ヒロは私の寝室にやって来た。
「ヒロ、どうした?」
「あのね、あの、ね、今日だけで良いから、一緒に寝て」
「ヒロ」
「分かってる。シェリーもニールも居る。だけど、僕……」
その震えた声とおどおどした表情で(ああ、そうなるほど怖かったのか)と思い当たる。
「大丈夫だよ。あの2人は違う部屋で寝てるから。おいで」
そう促し部屋に入れてやる。
「怖かったのだろう。よく頑張ったな」
「僕、僕……」
「2人で寝るのは久しぶりだな」
「僕……」
「ヒロ、今回お前は被害者だ。そんなに思い詰めなくて良いんだよ」
「マルク、僕は力が弱い子どもなんだね……」と小声で呟きながら手を伸ばそうかどうしようかと迷っているヒロを抱きしめてやる。
「ヒロは、まだ子どもだよ。急いで大人にならなくて良いんだ」
「ん……」
ヒロを先に寝台にあがらせ、ナイトキャップとして飲んでいたウォッカを飲みくだす。
「僕も」
「何が?」
「僕も、それを飲みたい」
「これは酒だよ。まだ子どもには早い」
「でも」
「度数の少なめのワインなら飲めるかも」
「飲みたい」
「待ってろ。探してくる」
だが、ワインクーラーには子ども向けのワインなんて無く、子ども用のリンゴ酒も無い。仕方ないので葡萄ジュースの瓶にワインラベルを貼り付け持って出る。これなら安心して飲ませられる。
「ヒロ、持って来たぞ」
だが一口飲んだだけでバレた。
「これってジュースだよね」
「見てみろ、ラベルが貼ってあるだろ」
「そうだけど……」
どことなく見抜かれてる様な気がするが、仕方ない。
「ヒロ、寝るよ」
「あ、うん」
一緒に横になるとヒロは声を掛けてきた。
「ねえ、マルクの事を教えて」
「いきなりどうした?」
「どの様な子ども時代を過ごしたのか、どうすればマルクの様に強くなれるのかが知りたくて」
「私は強くないよ」
「ううん、マルクは強いよ。それに優しい」
「ヒロ、私は卑怯者なんだよ」
「そんな風には見えない」
「ありがと」
今迄、私の過去の話を知りたいだなんて、誰も聞いてこなかった。
仲が良かったシェリーにさえも自分の事は教えてない。
生誕地がイギリス領土だったから、イギリス人なんだ。と、そこから話をし出した。
3人姉妹に囲まれた4人の内の3番目で、長男として生まれた。
マドリーヌ、ナンシー、妹はクララ。
私の視点で彼女らの話をしてやる。
ヒロはくすくすと笑いながら合いの手を打ってくる。
「マドリーヌは、やんちゃだったんだねえ」
「それがフランスとかオーストリアとかに遊びに行ってる間に大人しくなったみたいなんだ」
「へえ、それでマルクは?」
「たまにイギリス行くぐらいかな」
「他の国には」
「行かない」
「なら、今度、一緒に行こうよ」
「ヒロは何処に行きたい?」
「イギリスには行った事無いから……。イギリス、フランス、オーストリア、イタリア、スイス、ロシア、ポルトガル、スペインあたりかな」
「行きたい所がたくさんあるんだな」
「食べ物が美味しいんだって」
「なるほど、そういう事か」
「ねえ、一緒に行こうよ」
「一度では無理だな」
「うん。3回か4回に分けて、マルクと一緒に行きたい」
そう言うと、私の身体にくっ付いていたヒロの身体は離れ、今度はヒロの手が私の手を握ってくるので握り返してやる。ヒロの手は震えが治まっていた。
「まずはイギリスとフランスだな」
「うん」
その翌日、ヒロは呼びにくるのが待てずに、自ら進んで道場に向かった。
「まだ、まだだ」
「もっとだ、龍三。僕は、いや、私は強くなりたいっ」
「もう1回だっ」
パスポートの期限が切れる前に1回目の海外2人旅を実現させた。
【イギリス&フランス】だ。
2人して、お上りさんになっていた。