馬は、どこまで走って行くのだろうか。もしかして、このまま厩舎まで行くのか。それは嫌だなと思うとカールの父親ヘル・パトリッシュが見えた。
手綱を強めに引き急ブレーキを掛け、ヘルの目の前で止まる。
「マルク様、猛スピードでどうされました?」
「ヘル、カールが」
「カールが、どうされたのですか?」
「カールが、銃を、私を、馬に」
「マルク様、落ち着いて下さい」
埒が明かないと思い、カールの銃を見せる。
「それは、カールの」
「あんなのが居たとは思いもしなかった……」
本当に思いもしなかったのだ。
恐らく、あれらは自然区域の獣だろう。実物を目にしたのは初めてだった。
カールの父親は私の言いたい事が通じたのだろうか。通じて欲しいな、そう思うとヘル・パトリッシュは「まさか……」と目を見開いた。
「カールは、あの子は死んだ、のか……」
「私に逃げろと、あいつは……」
「カールの仇を取ってやります。どの辺りですか?」
「怖くないのか?」
「何故?」
「私でさえも怖くて、逃げろとカールに何度も言われて……」
「するとカールは、マルク様を庇って死んだのですか?」
何も言えず頷いていた。
本当なら撃ち殺してやりたかったのに、あいつは私に逃げろと言って。
するとカールの父親は鼻を鳴らして言ってきた。
「ここは経験豊富な奴の出番です。カールもそうだがマルク様も、まだ若輩者。カールの仇討ち取って参ります。マルク様は御自分の邸でお待ちください」
「しかし」
「私は何度か大物相手に猟を取った事があるので大丈夫です」
そう言ってヘル・パトリッシュは馬を走らせた。
その場で待っていた。
グスタフォーは知っていたのだろうか。どんな獣が自然区域に生息しているのかを知っての狩猟提案だったのだろうか。暫らくすると笛の音が聞こえた。
ブォー、ブォー……。
ああ、時間か。
しかし、ヘル・パトリッシュが戻ってこない。
集合場所へ集まると、カールとカールの父親の2人以外は無事だった。
誰かが言ってくる。
「ヘル・パトリッシュが獣に食べられていたんだ。1頭は死んでいたのだが、残り2頭に食いちぎられて……。だから仇討ちで1頭を殺して、すぐ逃げてきた」
その声に、私も返した。
「カールは私の目の前で、獣に食べられて……」
「カール様もマルク様も、まだお若いですから。でもマルク様が御無事で良かったです」
思わず言葉が出ていた。
「怖かった……」
「分かります」
「何度か大物を狩猟した事ありますが、1人で2頭は無理ですよ」
「でも、欲深いヘル・パトリッシュがいなくなると穏やかになるでしょうな」
「たしかに。彼は領主とか城主になりたがっていたからな」
その言葉に我に返った。
「通知で書いたのですが、今回は最後の狩猟として二度と猟をしない様にと思ってますが」
「そのおつもりでしょう?」
「ところで、マルク様は、その兎ですか?」
「え、あ、はい」
「殺されてないのですね。飼われるおつもりですか? 野兎は懐きませんよ」
「それもそうですね」
でも、あの子たちに見せてあげてから放そう。そう思って連れ帰った。
側付のフィルに「皆で、残ってる獣を全て殺せ」と言って馬を歩かせた。
背後からフィルの声が聞こえてきた。
「はい、畏まりました」
屋敷に戻り「ただいま」と言うと、ドタドタと何かが走り近付いてくるのが分かる。ヒロとアンソニーだろうなと直ぐに分かる。「お帰りなさいっ」と2人が抱き付いてきた、その拍子に兎は床に落ちた。
ヒロの「あー、兎だ」と言う元気な声と、アンソニーの「可愛い」と言う声に、(ああ、無事に帰って来れたんだ)という安堵の溜息が出てきた。
「皆に見せようと思ってね。でも直ぐ返しに行くから」
「残念」
そんな時、ヘル・グスタフォーが姿を見せた。
「お帰りなさい、マルク様」
「ただい」
「マルク様っ!」
いきなり大声を出されてしまった。
「な、なんだ……」
「この兎をどうするつもりですか?」
「え、なに」
「この兎は自然区域の獣ですよ。どうされるおつもりですか?」
「皆に見せてあげようと思って」
「必要ないです。すぐ処分して下さいっ」
「はいっ」
一目で兎の正体を見破ったとは、やっぱり知ってたんだな。