マドリーヌが姿を消して3年後、その頃は、僕呼びを止めて私呼びにしていた。
そのマドリーヌから便りが届いた。
それには、こう書かれてあった。
『子どもは男の子で、名前はヒロト。フルネームは、ヒロト=ヴィオリーネ・フォン・パトリッシュ=フクヤマ。
日本人で、福山博人と呼ぶの。国に囚われることなく、優しく穏やかな人間になる様にと、名付けたの。
マルク。
ヒロを連れて行くから、仲良くしてあげてね』
何を勝手な事を書いてるんだ。
私は知らないからな。
便りが着て数日後、マドリーヌはヒロトを連れて帰国してきた。
執事の姿が見当たらなく、自分で玄関の戸を開けに行ったのだ。
そこには、見違えるような美女になったマドリーヌが立っていた。その隣には、憎たらしいほどマドリーヌそっくりの子どもがいる。
違う点は、マドリーヌは女性なのに、ヒロトは男性という点だ。
もう1人、大人の男性が流暢なドイツ語で声を掛けてきた。
「初めまして、フォン・パトリッシュ・ジュニア。私はシュウト・フクヤマ。日本人でドクターをしています。ご両親は、いらっしゃいますか?」
せめてもの思いで言ってやる。
「初めまして、ドクター。ここには病人は居ません。お間違いではないでしょうか?」
「なるほど、あの方が仰られてた通りですね」
「何を言ってるのか」
マドリーヌが遮ってくる。
「マルク。あなたは、ここの主で無いから追い出そうとしても無駄よ」
その言葉に腹が立った。
「マド」
そのマドリーヌは至上の笑みを連れてきた2人に向けて、屋敷内に入れた。
「こっちに居る筈よ。電話しておいたのだから。シュート、ヒロ、こちらにいらっしゃい」
その勝手な振る舞いにも、益々腹が立った。
マドリーヌはリビングのドアの前に立ち、ノックして開けた。
「お父様、お母様。ただいま戻ってきました」
「お帰りなさい」
すると、お母様の声が明るくなった。
「まあっ! なんて可愛い男の子なんでしょ」
「っとに、マリアは……」
「だって、写真より可愛くて」
コホンと咳払いをして、ここの主人であるお父様は立ち上がった。
「いらっしゃい。シュート、よく来たね」
「お会いできて嬉しいです。お元気そうで良かったです」
すると、ヒロトの前にしゃがみこんだ。
「こんにちは。私はマドリーヌの父、君のお爺さんだよ」
今度はお母様だ。
「私は、あなたのお婆さんよ。マリアって呼んでね。貴方は?」
ヒロトの声はハスキーボイスだった。
「初めまして、ヒロトです」
そのヒロトにお母様とお父様は声を掛けている。
「ヒロトと言う名前なのね。とてもいい名前ね」
「ドイツ語が上手だね」
「ありがとうございます……」
お母様の嬉しそうな声が聞こえてくる。
「かーわいー」
「マリア、やめなさい。ヒロトが怯えてるよ」
その言葉にマドリーヌは口を挟んでいる。
「私達の子どもなんだから可愛いのは当たり前よ。ね、シュート?」
「ははは……、そうだね」
この2人は、この得体のしれない大人と子供を知ってるのか。私には何も知らせず、教えてもくれなかったのは何故だ。その得体のしれない大人は数日程滞在していたが、子どもを残して帰って行った。