数年後、ヒロはドイツに来た。
詳しい事を知りたくて執事のフランツに目をやる。
その話を聞いた私は『御』に向かって、詰め寄った。
「私より、ヒロに跡を継がせるおつもりか?」
「まだ、そんな話はしてない」
「死別とは言え、私には子どもと孫がいる。いずれも男子だ。私に」
「マルク。ヒロトは戻ってきたばかりだ」
「それでも、話をするつもりでしょう?」
「今すぐにはしない」
「ここの跡取りは、この私だ」
この2人の言い争いを止めるべく、フランツは口を挟んだ。
「マルク様。ヒロト様を『御』と顔を合わせない様にするのが、当面の問題です」
「なら、どうしてヒロは、ここに来たんだ?」
フランツは、主である『御』に目を向けると、『御』は一言で済ませた。
「あいつの顔を見たかったからだ。あいつは日本に帰ると音沙汰が無かったからな」
「それなら、貴方が日本に戻れば良かったのでは?」
「それで、飛行機事故に遭って死ねば、自分が『御』になれるとでも思ってるのか?」
「たまには、里帰りでもしたいでしょう。なにしろ日本にはリョーイチも居るし」
「そうだな。龍三や和田も居るし、矜持も居るからな」
「ヒロもヒロだ。そんな危篤という話を信じて来るなんて……」
だが、この男はスルーしてくれる。
フランツは、何かを思い出したように言ってくる。
「そう言えば、マルク様。明日から2ヶ月程いらっしゃらないのでしたよね?」
「ああ、北欧に行くから」
「お支度、お手伝いします。『御』は、ご自分で考えて下さい」
「フランツに任す。私はヒロの屋敷に行く」
「畏まりました」
コンコンッ・ブー……と門柱に付いてる鍵をノックする。
「はいはい。開いてるよ~」
(開いてるのか、不用心な奴だな)と思いながら、ヒロトの屋敷に入った。
「ヒロ、久しぶりだな」
「マルク? ああ、久しぶりだな。お爺様の、違った、『御』のご容態はどんなだ?」
「相変わらずだ」
「危篤のまま、という事か……」
「ヒロ、私は」
「マルク、私はドクターだ。専科は違うが、それでも知りたい。ランチが終わったら、フランツに連れて行ってもらうんだ」
「フランツは、私の支度をしている」
「マルクの?」
「ああ。明日から2ヶ月ほど北欧に行くのでね」
「北欧か。無理せずに体調を崩さないでね。なら、回診後の面会時間で良いか……」
その時、ヒロの雰囲気が違うのに気が付いた。
今、目の前に居るヒロは、あの頃とは違って冷たさを感じない。
誰も信じない、誰も寄せ付けない。あの頃は、ヒロの信じるものは、『御』と、叔父である私の存在と言葉だけだった。それが、今は気遣いの言葉を口にしている。
「そうだ、ヒロ。私と一緒に行かないか?」
「病院に?」
「北欧の病院にだよ」
「えっ……。病院って、北欧の病院に入院してるのか?」
「ヒロも知ってるだろ? モーガンを」
「本部のモーガン?」
「そうだよ。そのモーガンが北欧でオペマスターをしてるんだ」
「へー、そうなんだ。本部ではオペをしながら人事の仕事もしてたよな」
「その北欧を開拓していくんだ。2ヶ月程で最後の詰めをしていく」
「体調に気を付けて行って来てね。私は、ここで留守番しとくよ」
「ヒロ?」
「私は、お爺様の側に居たい」
「相変わらず頑固だな」
「マルクに言われたくないね」
「言う様になったな」
「どういう意味?」
「ああ言えば、こう言う。こう言えば、ああ言う。あの頃は素直に私の言葉に耳を傾けてたのに。 ねえ、ヒロ。どうしてなのかな? そんなに私が信じられないのかい?」
「マルク、私はお爺様が危篤だと言われて来たんだ。それを、マルクのお供として北欧に行こうとは思わないよ」
「なるほどね……。ところで、いつまで居るつもりなんだい?」
「それは、お爺様のご容態次第……」
「ヒロ。あの方は、直ぐには死なないよ。なにしろ、ここのドクターは腕が良いからな」
「それもそうだな。でも、一目だけでも」
「ほんとに頑固なんだね」
「だって……」
そんなヒロトを見て、くすくすっと笑っていた。
「ヒロ。そんなだと、好きな人は出来ないよ?」
「え、そうかな?」
「うん。好きな人が出来るとね、その人を大事に想ってしまうものなんだよ。ましてや、頑固で自分の言いたい事を言ってる人には、誰も寄ってこないよ」
「そうなの? あ、でも友は……」
「ん?」
「いや、あっちも頑固だけど?」
「あっち?」
「うん、私の恋人」
「は? 恋人って……?」
「勇気を出して告白したんだ。そして、今は両想いなんだ」