そして、9日後。
夜勤明けの仕事から帰ってくると、真っ先にヒロの屋敷へと向かう。
「フランツ、フランツ。今日はどうだ?」
「マルク様、お帰りなさいませ。ヒロト様は、さきほど目を覚ませられましたよ」
「ああ、良かった。寝てるという事は分かってたけど、こんなにも起きてこないのは何故なんだろう、と思って心配だったんだ」
元気そうな声でヒロは返してくれた。
「マルクも心配してくれてありがとう。私は大丈夫だよ」
「ヒロト様、お食事は消化の良い物にしますね」
「え、肉が食べたい」
「ヒロト様……」と、フランツはヒロを睨んでいるのを見て、私は言ってやる。
「駄目だよ、ヒロ。8日間も寝てたんだ。いきなり肉のような固形は無理だよ。フランツ、消化の良い物を用意して」
「畏まりました」
でも、ヒロトも黙ってはいない。
「フランツ、せめて果物だけでも」
「チョイスは私がさせて貰います。文句は言わせませんからねっ!」
「仕方ないね……。よろしく」
暫らく待ってると、フランツはランチをヒロトの屋敷に持ってきた。
カートの蓋を開けると沢山の苺に、バナナ、リンゴ、カカオが並んでる。
それを見たヒロは、何か不満そうだ。
そして、メインはトロトロの全粥。それも一瞥しただけでヒロは渋い表情をしている。
そんなヒロに、フランツはドヤ顔をして言ってくる。
「8日間は点滴でしたので、流動食でしょ? それに、日本では粥を召し上がるものだと承知しております。文句は言わせませんので。はい、ヒロト様」
「味付いてる?」
「何言われてるのですかっ」
「せめて、味を付けて欲しい」
そう言うと、塩があるのを見つけたのか振りかけてると、フランツに塩の入ってる瓶を取られたヒロは睨んでいる。
「フランツー」
「もう、振りかけられたでしょ」
何も言い返せないヒロは粥を掬ったスプーンを口に含んでる。
フランツは果物をミキサーに掛けてるみたいだ。
「え……」
「なにか?」
フランツの仕事を見てると、果物は段々と液状になっていきグラスに注がれ、その上から粉末にしたカカオを散りばめている。
ヒロはスプーンを口に含ませ、フランツと果物ジュースを交互に睨んでいた。
私は、そんな2人を見てると笑い転げていた。
数日後、やっとフランツから食事を固形にすることを許されたヒロはパクついていた。
その時、「来週末に演奏会があるのでバイオリンを演奏して欲しい」とヒロに持ち掛けると、ヒロは喜んで演奏会に向けて練習していた。
その日がやってきた。
場所は、懇意にしている某家のホールだ。
彼の演奏に心打たれた聴衆は感動して、自分達のサロンでも演奏して欲しいと話を持ち掛けられたヒロは、それを機にバイオリン三昧の日々を送っていた。
ヒロがドイツに来て3ヶ月経った10月の下旬、私の屋敷で演奏して貰った。
皆がヒロの演奏を聴き魅了され、ヒロを褒め称えている。まるで自分の事の様に嬉しかった。
そのヒロは、何時の間にか居なくなっていた。
何故……。
何故、何も言わずに日本に帰るんだ。
今までは「元気でね」という言葉を言ってくれていた。
何故、今回は無いんだ。
フランツに聞くと「それは……」と喉に詰まらせて何も言ってくれなかった。
フランツにカマを掛けてやる。
「ヒロは、話をしなかったのか?」
「しましたよ。ですが『御』は喧嘩、あ、いえ、何でもないです」
そう、喧嘩になったのか。
自業自得だ。元気なのに、危篤だと言ってヒロを来させたのだから。
でも、ヒロ。どうして、何も言ってくれなかったんだ。
自分の屋敷に戻ると、門柱に何か付いてる。
剥がして中身を見るとメッセージが書かれてあった。
『 Dear マルク
楽しい旅行が出来て嬉しかったよ。
何も言わずに、黙って帰る事を許して。
ごめんね。
今度は日本に来てね。待ってるよ(⌒∇⌒) byヒロト』
「ほんとに、君は……」
溜息を吐いていた。
「楽しかったね。黙って帰るのは文句言いたいが、こうやって手書きのメッセージを残してくれるのは嬉しいな。ありがと、ヒロ。また、ドイツにおいで。その時は5回目の男2人旅をしよう」