マドリーヌそっくりの子ども。
本当に憎らしいほど、よく似ている子ども。
今、ここには日本から文武を指導する為、親戚の子が集まっている。
そう、帝王学を学ばせる為にだ。
その子たちは5年ないし10年を、ここで暮らす。
直ぐ上の姉の子や、妹の子と考えてると思い立った。ああ、そういう事か。残していったこの子どもも後継者にするつもりか。冗談じゃない。誰が仲良くするもんか。
だが、その子はなぜか私に纏わりついてくる。
最初は分からなかったが、その内にリューゾーが私の部屋に来て注意してきたからだ。
「ここに居る事は分かっています。ジュニア、ヒロト様を隠さないで下さい」
「別に隠してるつもりは無い」
そう、隠してるつもりは無いんだ。
どちらかと言うと、離れて欲しい。
マドリーヌそっくりのヒロト。
その顔で、私を見ないで欲しい。
本当に腹が立つんだ。
ヒロトは、ここに来る度に私の方をチラチラと目をやり、目で語ってくる。
そして勝手に椅子を動かして椅子に腰かけ靴を脱ぐと、椅子につま先立ちして本棚から数冊を手にする。
その本を側にあるテーブルに置くと、台座にしていた椅子から下り靴を履き椅子を元通りに戻し、私の方を見て一礼すると、靴を脱いでソファに座り込むと読み始める。
話し掛けたり邪魔をしてこないので私も黙って放っているのだ。それに、子どもがここまでするだなんて思いもしなかった私にとって、ヒロトの行動は新鮮だった。
バレない様に笑っていたものだ。
だけど、とばっちりを受けるのはごめんだ。
それにリューゾーは自分の後ろに座ってるのが分からないみたいなので、仕方なくデスクから離れてソファへと向かう。
ソファから引き剥がして、本を読んでいる姿勢を保持したままのヒロトを押し出してやる。
普段はドイツ語なのに、リューゾーは日本語で呟いてる。
「え、そんな所に居たとは……」
溜息を吐いたリューゾーはヒロトに向かってしゃがみ込み、話し出した。
「良いですか、博人様。今の貴方は、誰よりも努力をしないといけない。勉強だけでなく身体も動かして鍛えないと元気になりませんよ。さあ行きましょう」
そう言って立ち上がり動き出そうとしてるリューゾーは動こうとしないヒロトに気が付いたのか、再度言っている。
「博人様、さあ早く。マルク様の邪魔になりますので」
だが、ヒロトは動こうとしない。
本を持ったまま、涙を溜めてリューゾーと私を睨んでいる。唇をきつく噛み締め、私の目を睨んでくる。
おそらく、こう思っているのだろう。
(どうして追い出すの? 僕は大人しく本を読んでいただけなのに、何も邪魔しなかったのに。ねえ、どうしてなの?)
その声が聞こえてきそうだ。
それに、その姉様そっくりの美貌と涙目にやられた。
マドリーヌ姉様の顔で睨まれると、リューゾーもそうだが私もお手上げだ。
何を隠そう、かく言う私もリューゾーの武術から逃げ回っているからヒロトの思いも分かるので、尚更の事だ。
その時が最初だった。
「ほら、行くぞ」
「え……」
本を持ったままのヒロトを担いでやる。
「私もリューゾーから逃げてばかりだからな。一緒に元気になろう」
な、と初めて顔を覗き込んで話し掛けていた。
ワダからドイツ語を教えて貰ってるのだから、私の言ってる意味は通じている筈だ。
その子に向けて自然と言葉を掛け笑みも向けたのは、その時が初めてだった。
すると、その子は抱き付いてきた。
私の言った意味が分かったのだろう、ドイツ語で返してきた。
「うん、お兄ちゃんと一緒だねっ」
可愛い。
初めて、そう思った時だった。
「あ、でも本を片付けないと」
「そうだな、一緒に片付けようか」
その子は下りようとしてるが、私は彼を抱きかかえたまま立ち上がる。その子は驚いていたが、私はこう言っていた。
「一々、椅子を持ってくるより、こっちの方が良いだろ」
「ダンケシェーン」
その子を抱いたまま、本の片付けをさせていた。
「お兄ちゃんでなく、ジュニアとかマルク様と呼ぶものだっ」と喚いてるリューゾーを無視して道場に向かった。
私に抱かれているヒロトはリューゾーに向かって”あっかんべー”と舌を出し入れして目も大きく開けクルクルと黒目を回している。
そんなヒロトに、くすくすっと笑っている自分がいた。
しかし、程なくして分かった。
ヒロトは避けてばかりだ。
あれでは勝負にならない。だけど上手に避けるもんだな、私だったら避けきれずに倒れてるだろう。そう思ってたらリューゾーの拳が目の前に映った。
「っ……」
「くそぉ……。避けない、逃げない、躱さないっ! マルク様も庇わないっ」
いや、庇うつもりは無いんだが。