後に残ったのはワルサーを握った右手。
だけど、執事であるフランツは右手しか分からなかった。
爆破した後には、2枚の写真が残っていた。
すすれる事もなく、破れもしなかった写真。
1枚は、ここの中庭にある音楽ホールで交流フェスティバルを開催した時のだ。
リョーイチが学長をしている東響大学の美人女子学生と写った写真。
声楽部だと思っていたのだが、医学部だと分かった時は嬉しかったものだ。
それは遅れて来たヒロトが写してくれた写真だ。
そして、もう1枚。
ヒロトと2人旅をした時に側付に撮って貰った写真。
まだ幼かったヒロトが、段々と大人の顔になっていっている。その成長度合いが分かる4枚の写真を繋ぎ合わせて一枚の写真にしている。
その2枚は、何処に行こうと何をしていても必ず肌身離さずに持っていた。
マルク専用の格納庫だった場所は、現在は手付かずのままになっている。
肉塊は爆破に巻き込まれなかったド―ベルマンたちが勝手に食べていた。
欠片も残さず、綺麗に……。
そのド―ベルマンは殺傷スプレーを充満させたジェット内にある一室に促され、穏やかに眠りについた。
主人であるマルクの後を追う様に。
一足先にドイツを離れた5匹以外は、すべて眠りについた。
自分たちの仲間がどんな風になったのか分からない5匹は、現在ではクリニック・ドンの子どもの玩具同然になっている。
時々、クリニック・ドンの愚痴の相手もしている。いや、させられている。
マルクがサインして欲しかった書類は書斎のデスクの上に置かれたまま、誰も気付いていない。
そして遺った2枚の写真に写っているお気に入りの美人女子学生とヒロトは、オーストラリアにあるパースで生きている。
マルクは、その美人女子学生の正体がクリニック・ドンである事を知らない。
知ってるのはヒロトのみ。
いや、ヒロトから写真を見せられたエドの2人だけだ。
誰も知らない。
マルクが、心底から欲しかったものを。
ヒロトが欲しかった。
側に居て欲しかった。
子どもでも孫でもない。
ましてや最愛なる長姉でも、妻でもない。
ヒロト、ただ一人だった。
ヒロ。
君さえ居てくれれば良いんだよ。
(完)